まな板のような貧乳で悩んだ25年…キャベツや鶏肉、マッサージなどチャレンジしたが彼氏に救われた体験談。

おっぱいのお悩み体験談・貧乳、デカパイ、陥没乳首、乙女の悩みは尽きません。

まな板のような貧乳で悩んだ25年…キャベツや鶏肉、マッサージなどチャレンジしたが彼氏に救われた体験談。

中学生の時に、友人同士で「胸が大きいね」と話をしているのを聞いて意識をし始めました。私は胸が小さく、膨らんでいるか分からないくらい所謂「まな板」です。父は胸板が厚く兄も鳩胸ですが、母は骨が見えるくらい細く胸が小さいので母に似てしまいました。中学生の時は、もっと大人になったら自然と大きくなるだろうと思い込んでいましたが、高校生になっても痩せ型体形で発達することはありませんでした。14歳の中学生がFカップと言っているのを思い出して切なくなりました。触っている感覚がないだなんて、なんて悲しい事でしょう。その時は、友人から胸について何か言われることはありませんでしたが、女性としての象徴がないのは辛かったです。胸が無くて唯一楽だったのは、身軽だったのと肩が凝らない事です。中学生の時は常に明るいキャラクターで、悩んで暗くなるということはありませんでしたがマラソンの授業では人の胸をガン見しながら落ち込んでいました。

大学生の時、マシュマロボディに憧れ胸を大きくしたいと強く思いました。腕立て伏せをしたり、豆乳を飲んだり、ヨガのポーズをとって胸に筋肉をつける練習を1時間行ったりと努力を2年程重ねました。しかしながら、胸に脂肪が行くことはありません。太ったときにお肉が付くのはお尻と太ももだけでした。女の子なので太るのも嫌だなと思いダイエットをしたときは、無い胸が更に無くなってビックリしました。体が小さく痩せ型で仕方がないかなと思いましたが、友人も同じ体形でグラマラスな体をしていたのでショックを受けました。温泉に行くのも嫌だし、プールも勿論行ったことはありません。とにかくコンプレックスで体を見せるようなことはしませんでした。それは、母親にも同じで高校生の時から体を見せたことはありません。サプリメントは怪しくて手を出せませんでしたが、キャベツを食べたり鶏肉を食べたり思いつくことは全て試しました。

社会人になり体形は変わらず、あばら骨がみえる程痩せていてデコルテにお肉がない状態。A65のサイズで茶色のボタンのような乳首がついているだけです。次に試したことはマッサージです。動画サイトでマッサージをするだけで劇的に大きさが変わっていたのを見て挑戦しました。お風呂で石鹸を付けてマッサージしたり、テレビを見ながらツボを刺激したりなど。しかしながらやってもやっても効果は出ません。一生懸命ブラジャーに肉を集めてみたりしました。あまりに胸がなさ過ぎて、ブラジャーをしていても両手を上げると乳首が見えるところまで上がってしまいます。

ある時、友人の家に泊まりに行きました。私は先にお風呂に入り次は友人の番だという時、友人は恥ずかしげもなく脱ぎだし大きな胸をプルンと出しました。乳首が上を向いていて、思わず支えてあげようかなと思うくらいの豊満な胸でした。より自分の幼稚体形が嫌になりました。会社の先輩からも初めて「あなたのおっぱいは小さいからね~」と言われたときは凄く傷つきました。今まで誰にも直接的には言われたことがなかったので、やっぱりそうなんだと実感させられました。光豊胸も考えましたがガンのリスクとかも考え何もせず。悩む日々でした。小学生のようなこの体形に悩み続けて25年、形とか良し悪しはよくわらないからとりあえず大きくなりたいと願いました。

悩みがなくなり始めたのは、今の主人と出会ってから。主人は私の胸が好きと言ってくれます。確かに小さいけど柔らかくて気持ちがいいと笑顔で教えてくれました。その言葉を聞いて安心したのを覚えています。手を加えれば勿論理想を手に入れることはできるかもしれませんが、大切な人が良いと言ってくれるのであれば満足かなと思い始めました。パリコレモデルは胸がないけど活躍しているし、胸が全てではないと考え方も変わりました。若いから悩む問題かもしれません。ずっと悩み続けた問題を、一人の最愛の人に出会うことで、すぐに悩まなくなりました。思いやりのある大切な人と出会うのは幸せです。