スノーボードで左の鎖骨を骨折。20代男性栄養士の体験。

骨折の話

スノーボードで左の鎖骨を骨折。20代男性栄養士の体験。

私は今26歳で栄養士として働いています。そんな私が骨折をしたのは、昨年25歳、いまと変わらず栄養士をしていた時の冬でした。

私は、23歳のころ初めてスノーボードに行き、とてもはまってしまいました。それから冬になると毎週行くほどでした。スノーボードのテクニックも毎週の練習の成果もあり、骨折した25歳の時には上級者コースでもスイスイ滑れ、トリックなどもできるほどになっていました。

そんな私が骨折をしてしまったのは、左の鎖骨でした。その日は、地元のスキー場へと行きました。そのスキー場は高速道路とつながっており、県外から来る方も多く、毎週の休みには初心者だらけでした。そんな状況で滑ったので、私は調子に乗ってしまいました。いつもやらないような派手なトリックやジャンプ、高速ターンなどを初心者に見せつけるかの如く滑っていました。

もう1本滑ったらお昼にしようと考えて滑り始めて、悲劇はおきました。エッジがひっかかり、私は前方に頭から飛んでしまいました。頭だけは守らなければと考え頭を横に向けました。すると、左の肩から斜面に落ちました。その瞬間、ばきっと鳴ったのとかなりの衝撃があったのを今でも忘れていません。

私は、骨折だとすぐにわかりました。しかし、初心者が多くいたので恥ずかしく、すぐに立ち上がりまた滑り始めました。滑っている途中も左の鎖骨はコキコキと鳴っていました。なんとか自力で救護へ行きましたが、救護では治療できないとのことで病院に行くことになりました。救急車という手もありましたが、地元だったこともあり自分でいくことにしました。救護室から車までは、荷物を救護の人に持ってもらい向かいましたが非常に恥ずかしかったので、ゴーグルで目を隠しながら向かいました。

アドレナリンが出ていたのか、骨折から救護までは痛みがありませんでしたが、車に乗り込もうとした際には激痛に変わっていました。車に乗るだけでも、非常に痛くうめきながら乗りました。そして、自ら運転して病院に向かいましたがはねるごとに痛かったので泣きながら救急病院へと向かいました。

病院に到着し、受付に行きましたが、休みだったこともありとても待つと言われました。言葉通り、2時間後初診となりました。先生は、触るや否やレントゲンもとらずに骨折だねと言いました。一応レントゲンとってきてとのことで、レントゲン室に行きましたが、服を脱ぐという最大の難関が待ち構えていました。3人がかりでやっとのことで服を脱ぎレントゲンを撮影しました。レントゲンは、素人の私でもすぐにわかるほど、骨がずれていました。しかし、鎖骨ということもありバンドで固定するしかないと言われ、手術もなく、保存ということになりました。それから、2週間後再診をしましたが、そこでは骨がずれていないかの確認だけでした。また、それから月に1度のペースで通院しましたが、毎回レントゲンをとり骨がずれていないことを確認するだけでした。約半年後、大分骨もくっついてきたのでリハビリと思ったら、治療として行うリハビリはなく、自分であがるところまで手を挙げる練習をしてくださいとのことでした。それで、診察は最後になりました。

鎖骨骨折の期間中一番困ったのは、着替えをすることでした。上から被るタイプの服はどんなに首元が緩くても激痛が走り、とても一人では着られませんでした。また、入浴の際には、固定バンドを外すのですが、外したあとのまた着ける時の激痛は今でも鮮明に覚えています。骨折をして唯一良かった点は、みんなからお見舞金をもらえたことと、大変な仕事から外してもらえ、毎日事務室でのんびりと仕事ができたことくらいでした。