自分のお尻で右足の人差し指と中指の付け根を折った女子中学生の話。

骨折の話

自分のお尻で右足の人差し指と中指の付け根を折った女子中学生の話。

32歳会社員です。

忘れもしない、14歳中学2年生の冬。学校で、次の授業のために教室を移動していた時のこと。時間がなくて、友達に

「待って~!」

と言いながら小走りしていたら、廊下にあった足マットを踏んだ瞬間ツルッと滑り、ドスンと尻餅をつきました。それと同時に自分のお尻の下になっていた右足から「バキッ」と音がしました。その瞬間、今までに味わったことのない痛みと共に足が浮きました。骨折したことがなかったけれど「絶対骨が折れた」と確信しました。そこから大泣き。友達、下級生も心配して集まってきて、そんな中ワンワン泣いていて今思えば本当に恥ずかしいです。友達が担任の先生を呼んでくれて、保健室まで抱えて運んでくれました。学校近くの病院へは先生が車で連れて行ってくれました。車内で

「失恋したって昼飯バクバク食ってるヤツが骨折くらいじゃへこたれないだろ~!」

と笑いながら言われて、まずなぜ私が失恋したのを知ってるの?というのと、恥ずかしさで涙が止まりました。

病院についてから問診を済ませ、レントゲンを撮り、右足の人差し指・中指の付け根(足の甲のところ)が2本スッパリ折れていることが判明。ギプスと松葉杖の定番スタイルで学校に戻りました。それから先生が母親に電話してくれて、すぐに母親が車で迎えに来てくれました。その日の夜は本当に辛かったです。痛くて痛くて眠れないし、38度以上の熱は出るしで大変でした。しかし大変なのはそれからの毎日の生活でした。私は電車で1時間かけて通学していて、母は毎日仕事で忙しかったので学校の送り迎えをいつもしてもらえるわけでもなく・・・松葉杖で電車に乗り、駅から学校までも友達に助けてもらいながら歩いて登校しました。

家庭の事情はあるけど本当に辛かったです。松葉杖のせいで手にマメもできて、つぶれて痛くてメソメソしていました。もちろん学校生活も、トイレや階段など、不便がたくさんありました。友達が荷物を持ってくれたり、肩を貸してくれたり、困ったことも多いけど友達の大切さや感謝の気持ちを学べて良かったと思います。それから、反抗期だったけど毎日お風呂の手伝いをしてくれた母にも感謝できました。さすがに塾は、と、塾は休めたのがラッキーでした。自分も体の不自由な人が困っていたら助けてあげなければ、と思いました。1週間ごとに通院していましたが、問診と足先のガーゼ部分の取り換えくらいで終わりでした。3週間程経って、病院で経過を見てもらいました。若いというのもあって綺麗に骨はくっついているでしょう、という医師の判断でギプスを外すことになりました。ギプスの中が毎日かゆくてかゆくてたまらなかったので本当に嬉しかったです。ギプスをベリベリっと外してみると、足は真っ白にふやけていました。お湯を張ったタライで看護師さんが優しく洗ってくれたのですが、ここでまた恥ずかしい話・・・仕方ないことだとは思いますが、激臭でした。

思春期の男子に負けないくらい、臭かったです。看護師さんに申し訳なくてたまらなかったです。ギプスを外した右足は、左足の半分くらいまで細くなっていました。そして2倍の力を使ったであろう左足は2割増くらい太くなっていました。歩くとまだ痛かったけど、リハビリも兼ねていつも通りの電車通学をし、体育の授業にも少しづつ出ました。痛い所をかばってあるくと別の所が痛くなったりして、しばらく体のバランスが悪かったように思います。細くなっていた右足はすぐ太くなってしまい、治ったのは嬉しいけど少し残念でした。病院に通ってリハビリというのは無かったので、普通に歩けるようになって完治、という感じでした。もう2度と骨折はしたくないです。