バイクで下校中、軽トラにはねられ、鎖骨と大腿骨を骨折した女子高校生の話。

骨折の話

バイクで下校中、軽トラにはねられ、鎖骨と大腿骨を骨折した女子高校生の話。

私が人生で初めて骨折になってしまったのは、18歳。去年の3月のお話です。

学年末試験が終わって帰るところでした。高校2年生がそろそろ終わるという事が嬉しくて少し浮かれていました。私が通っていた高校は、バイクや車での通学が許可されていました。私は毎日バイクで通学しており、その日もバイクで登校し、下校する際の事でした。

本当に一瞬の事でしたので記憶はほとんどなく、気が付いたら病院の中で複数の先生と看護師さんに体や脚を押さえつけられ、とにかく『痛い!やめて!!』と叫んでいました。この後すぐに気を失い、目が覚めたのは翌日の朝でした。どうも、学校の正門を出た瞬間軽トラにはねられたようで、私は6メートルも飛ばされたと知りました。しかも、高校の先生たちも懸命に私を助けてくれようとしているにも関わらず、私は先生方にキレて、どなりつけていたようです。記憶は全くないのであとで謝りましたが、先生は本性を出したなどと言っていました。

その日から病院での入院が始まりました。私が骨折していたのは、鎖骨と太ももの大腿骨です。幸い、鎖骨の方は手術するまで骨折していた訳では無かったので自然に戻りました。大腿骨は複雑骨折などではなく、きれいにポキッと折れていました。正直、骨の写真を見たとき他人事の様に笑いが出ました。だって、あまりにも綺麗に折れているから・・・。

ただ、一番大変だったのはこの体の痛みではなく、心でした。勿論、ケガはとても痛いですが私は当時、高校にも通っていたし、バイトも社員同様に働いておりこれからの事を社員さんと話ししていたばかりでした。体も動かすことが好きで、ダンスがとにかく大好きでした。そんな沢山の夢があり、やりたい事が山ほどあったこの時に大切な脚を折ってしまった。とても後悔し、悔しくて悲しくて毎日泣いていました。

私の性格上、他人と一緒に寝る事が出来ず、個室ではなかったのでとても苦痛でした。それが原因で睡眠不足になり、毎晩睡眠薬を飲んで眠っていました。朝は起きれず、鎖骨も軽い骨折ではありますが腕が動かせなかったので、母親に食事を食べさせてもらう。当たり前だと思っていたことが、いとも簡単に覆され、情けなく生きている意味が分かりませんでした。

事故が起きて約1か月後、ようやく手術を受け、無事、器具をつけなくても良い綺麗な脚に戻り、1か月ほどその病院でリハビリをしました。車いすや松葉杖をつかわなければいけませんでしたが、自分で動けることが嬉しく、用もないのにコンビニに行ってみたり、図書館へ行って本を読んだりしていました。程なくして本格的なリハビリの病院に移ることになり、幸いそこは個室で新しい設備の病院でした。ただ、総合病院よりリハビリ時間が短く、マンツーマンでできるのは良いのですが退院がすぐに出来ないのでとても嫌でした。

この病院に居る時は、ほとんど自由に動けるので病院内を歩いてみたり、色んな歌手のDVDを観たり、勉強したりしていました。リハビリの先生はとてもよく患者の症状を見ているので、マンツーマンのリハビリ後も自分でリハビリをしていました。1日でもサボると、次の日にバレて怒られました・・・。

そんな日を繰り返し、ようやく退院でき、家に帰ったのですが、歩くのも遅く横断歩道は青から赤になるまで渡り切れず、とても危険でした。そのせいで、高校に通えず、バイトも週5だったのが1か月に2回などとだんだん働けなくなり、結果高校退学。バイトは辞めてしまいました。大好きなダンスは2年間出来ないと先生に言われ、すべて失ってしまいました。ですが今となっては、少しばかり後悔はありますが経験してよかったなと思っています。現在は19歳でフリーターをしています。心の病気も少し抱えていますが、前向きに考えるようになりました。