体育の授業で左手の人差し指を剥離骨折。小学6年生のバスケットボールでの出来事。

骨折の話

体育の授業で左手の人差し指を剥離骨折。小学6年生のバスケットボールでの出来事。

現在、31歳で歯科医院に勤務しています。

小学6年生の頃、体育の授業でバスケットをしている時に、左手の人差し指を剥離骨折しました。バスケ部に入っていたので、部活中に何度も突き指はした事があったのですが、この時ばかりは今でに経験したことの無い痛みで、クラスメイトが見ている中、大泣きしてしまい授業を中断させてしまったことを覚えています。

その時は、いくつかのチームに分かれて試合形式で進められた授業だったのですが、相手チームにはクラスで一番勉強が出来るけど、運動が大の苦手な女の子がいました。その子が私のマークに付いていたのですが、私がシュートを打つときに彼女が誤って、ボールではなく私の指を思い切りはたき落したのです。

その瞬間、激痛に襲われた私は人目をはばからず大泣きしてしまいました。担任の先生がやって来て、体育館の隅で状況の確認をしていたのですが、指はみるみるうちに腫れ上がり、関節が青紫色に変色していきました。その様子をそばで見ていた優等生の女の子も怖くなったのか、泣きながら、

「ゴメンね、ゴメンね。」

とずっと謝っていました。もちろん、その子がわざとでは無いのは分かっていたし、怒るも恨むも無かったのですが、痛みに耐え兼ねてその時は泣くしかありませんでした。そのうちに、クラスメイトが呼んだ養護教諭の先生が到着し、骨折の可能性があるので、親御さんに連絡をつけるので、すぐ病院に行くようにと言われました。病院に行くと、先生は私の指はを見るなり

「あぁ、多分折れちゃったなぁ。」

と言っていました。レントゲン写真をとり再度、診察室に通されると、左手人差し指が剥離骨折をしていると言われました。先生の診立てよりは、軽いものだったようで、この位で済んでラッキーだったよ。と言ってもらえました。そして、特に手術など大掛かりな治療になる事もなく、初めの1週間は無理に動かさないようにと、湿布を患部に巻き、その上から包帯で巻いた状態で過ごし、1週間後に経過を診せる事になりました。

病院から帰ると、私の指を叩いてしまった女の子のお母さんからうちの母に電話があり、直接謝罪をさせて下さいとの事で、お菓子を持ってわざわざうちに謝りに来てくれました。その時も、彼女は泣きながら謝ってくれて、私もたいした事無いからもう大丈夫だよと伝える事が出来ました。

骨折して2、3日は激痛がありましたが、それを過ぎるといつもの突き指程度の痛みになってきました。もう一度、病院に行くと徐々に包帯を外すようにと言われました。湿布は付けていた方が良いそうですが、あまり固定を続けると、変な風に骨がくっついてしまい、逆に指の関節が動かしづらくなるとの事でした。通院は1週間に1度、4週間通い日常生活はほぼ問題無く過ごせるくらいになりました。ただ、部活のバスケットとピアノは曲によって弾けない曲も出てきたので指を使う作業は若干の支障がでてしまったのには困りました。当時はピアノがあまり好きでは無かったので、心の中では先生のレッスンが甘くなることにラッキーと思っていましたが。

通院にかかった医療は学校内で起きた事でしたので、学校の保険が適応されて母の負担は無かったようです。その点は助かりました。20年近く経った今では仕事や料理などの日常生活は全く問題無くおくていますし、趣味のピアノやギターなどの楽器も難なく弾く事が出来ます。ただ冬の寒い日は何故か未だに骨折した所が痛みます。室内に入って手が温まってしまえば痛みは無くなるのですが、何せ雪国に住んでいるので冬の間は指の痛みと上手に付き合って行こうと思っています。また、娘もピアノを習っているので、特に指の怪我はしてもらいたくないです。