工場の中で転倒。左膝の粉砕骨折。菓子製造20代サラリーマンの体験談。

骨折の話

工場の中で転倒。左膝の粉砕骨折。菓子製造20代サラリーマンの体験談。

私は高校卒業後に菓子製造会社に就職し、二年経った現在はデスクワークが中心のライターとして活動しています。

20歳で独立という夢が果たせたのは初めての就職でのミスが導いてくれました。それまでの私はこれから先の人生で、文章で食べていくなんて考えてもみなかったのですが、この「骨折」がまさにキッカケとなったと思っています。

菓子製造会社に就職した私は、製造ラインの体制を整えたり、商品開発の一部の参加をしたり、製造予定の構築などに取り組み将来は本社勤めができることを望んでいました。それだけに多忙であり、製造現場と開発室を駆け回るように移動して奮闘しておりました。完全に自分の不注意が招いた結果なのですが、通路の曲がり角で従業員の方と接触しました。ぶつかった方も驚き転倒したものの無傷で済みましたが、慌てて避けようとした私は通路脇にあった荷台にぶつかりました。

結果、頭部を打った際に鼓膜が破れ、地面に着地した左足を痛めることになったのです。

鼓膜が破れたのは過去にも経験がありすぐに判断できました。ひとまず鼓膜の破れのため医務室に痛む左足をひきずるように向かったのを覚えています。そして、鼓膜(耳)の応急処置を済ませ仕事に戻ろうとしたときに立ち上がれないことに気づきました。最初は左足の感覚が無く驚いたのですが、打ち付けた左足の膝をみるとパンパンに晴れ上がってたのです。しかも、左膝に意識を向けたからなのか強烈な痛みに突如として教われました。

そのあとはすぐに救急車で病院送りになりました。捻挫の経験はあったのですが痛みの質というか腫れ上がった状態も比にならないほどで恐怖すら感じ、救急車を呼んでもらったのです。診断結果は左膝の打撲と骨折、正確には左膝の骨が砕けていたようです。全治6ヶ月以上と診断され2ヶ月の入院および休業を余儀なくされました。自分の不注意が招いた結果とはいえ「仕事ができなくなる」という釈然としない腹立たしささえ感じました。焦りといった方がただしいかもしれません。

入院の1ヶ月はほとんど寝たきりの状態で、体勢を変えるといっても座るか、松葉杖を両手にお手洗いに向かう程度が精一杯です。その期間は仕事どころかリハビリもできませんし、苦労しました。足1つの怪我でここまで辛いものなのかと身をもって体験した瞬間です。日常的に付きまとう骨折がおさまりはじめた2ヵ月目の入院月から軽いリハビリを開始しました。

まずは松葉杖を骨折した側の左足と逆方向の右手で持ち、全体重はかけないまでも少しずつ衝撃や感触を慣らしていく運動です。始めは痛みと1ヶ月の寝たきり生活からかバランスも取りづらく通路一本(30メートルくらい)が精一杯の距離でした。

退院となる日には松葉杖は手放せませんが、一人で移動できるまでに回復。仕事にも戻ることにしました。しかし、以前のように業務に取り組めるはずもなく、辛い現実が待っていました。出世のための仕事内容は任されるはずもなく、できるのは従業員や派遣社員の方への名札の入れ替えや作業着の準備などの事務作業ばかり。不安が募り、他の仕事を申し出て見たところデータ入力などのいわゆるデスクワークの仕事に取り組むことになりました。

それまでワードやエクセルも使ってこなかった私としては新鮮でやりがいすら感じるようになりました。幸いにも粉砕骨折と診断された左膝も力を加えなければ痛みも少なく、5カ月が経つころには松葉杖無しでも歩行できるようになりました。その際にやるリハビリは片足をびっこをひきながらでも歩くようにする、入浴時には立ち上がったままで体を洗う程度です。慣れるまではたかがバランスをとるのも辛く、二度と経験したくはありません。

予定通り7ヶ月でほぼ完治し、PC技術についても学べたことから現在に至る良い経験となりました。