初めてのスキーで左上腕骨骨折。35歳、旅人の話。

骨折の話

初めてのスキーで左上腕骨骨折。35歳、旅人の話。

現在35歳、訳あって今は旅人をしています。

私が初めて骨折したのは二十歳になった大学1年生のときです。クリスマスも近い12月23日、早朝からサークルの仲間で鳥取から兵庫県の山にスキーに行きました。暖かい地域で生まれこれまで一度もスキー経験がなかったので、数日前にみんなでウェアや手袋を買いに行き、ワクワクした気持ちでスキー場へ向かいました。初めてのスキーはなかなか楽しいものでした。運動神経もそこそこだったので、午前中いっぱい滑った頃には自分でそれなりに滑れるようになっていました。慣れてきたころ、みんなで上級者コースに行こうということになりました。さすがにそこまでの自信と度胸はなかったので、1人中級コースから下り、下で合流することにしました。

そこで事件は起きたのです。すいすいといい感じに滑り降りていたところ、ふとした拍子に転倒!その後斜面を一気に滑り落ちて行きました。その時の光景は今でも覚えています。ザーーッと斜面を滑り落ち、ストックが雪に引っかかっていたので腕が変な感じがしました。

ようやく止まって立とうとすると、左腕の感覚がおかしいのです。持ち上げようとしても持ち上がらず、脱臼したかなと思いました。通りかかった人にレスキューを呼んでもらい、仲間も駆けつけてくれました。救護室でも「脱臼ですかね」という話をして、救急車ではなく一緒に来ていた先輩の車で2時間かけて鳥取の病院に向かいました。痛みよりも申し訳なさでいっぱいでした。病院に付き、私の診察が回ってきました。内科の先生だったのですが、たまたま帰りがけの整形の先生が通りかかり診察してくれることに。ラッキーでした。X線を見て一言。「見事にぽっきり折れてるねえ~」。診断は「左上腕骨骨折」。手術と、入院2週間ということになりました。

しかしこの年は二十歳。年末から成人式のため帰省することになっていました。両親と相談し、どうせ入院となるなら地元の千葉の病院に、ということでその晩に飛行機で千葉に帰ることにしました。もともと鳥取の病院でも入院は月曜日からということだったので(骨折は1日2日では状況が変わるようなものではないので問題ない)、帰宅したその日にネットで航空券を買い、先輩に空港まで送ってもらい、羽田に飛びました。幸い利き手は骨折した腕と逆の右手なので、最低限の帰省の荷造りは自力でできました。空港のスタッフさんやCAさんが吊った左腕を見て、荷物を持ってくれたり、とても親切にしてくださいました。心配してくださったCAさんに「折りたてほやほやなんです(笑)」と言って反応に困らせてしまったのを覚えています。反省しています。

羽田空港に着くと両親が待ってくれていました。確か夜21時頃に羽田に着く便だったので、病院に行くのは翌日でもいいと思っていたのですが、羽田に着いたその足で地元の病院に向かうことになりました。父親がだいぶ飛ばしていたのを記憶しています。病院に着き、診察を受けました。この診察を受けてからが非常~に長かったのです。2時間くらい待ちました。研修医さんだったようで、教科書とにらめっこしていたようです。その先生が言うには、「腕の折れ曲がり具合が15度だと教科書的には手術をするかしないかの境界」だそうです。要するに、私の腕が手術適応か手術しないで治すかを悩んでいたわけです。それなら早くこちらに相談してくれたらよいものを、、、と内心思いましたが、さすがにそんなに元気はありませんでした。「教科書的には、、、」という言葉を連呼していたのをよく覚えています。

両親とも相談し、手術しないで済むならしない方がよいだろうということで、固定で治すことにしました。手術すると固定したボルトを抜くために再度手術が必要ということもあり、二度手間は嫌だな、と思ったことも理由です。結果的に時間はかかりましたが、手術しないでよかったと思っています。

固定で治すことを選択したので、待ち受けていたのは折れた腕をまっすぐに戻す作業。つまり、引っ張って固定する処置です。これがかなり痛かったです。ねじれて折れていたので、ひねって引っ張るような感じでした。強烈でした。その腕をギプスで固定し、包帯でぐるぐる巻きになりました。動かないよう左上腕ごと体にコルセットに固定したので、なんとも動きにくいものでした。寝るときは右側で起きたり転がったりしないといけないので一苦労です。薬に関しては、固定して治すしかないので痛み止めのロキソニンを処方されました。

年末年始の2週間ほど実家で過ごしました。その間、3回ほど通院しました。肝心の成人式はスーツで出席しました。一生に一度の成人式を見事に骨折で棒に振りました。成人式も終わり、大学の授業が始まるため鳥取の病院に紹介状を書いてもらい、転院しました。このとき母が一緒に鳥取に付いてきてくれたのですが、着いて早々駅前でローカル番組の街頭インタビューを受けました。「年末年始はいかが過ごされましたか?」という質問を受け「骨折して休養していました」と答えたのですがきっとお蔵入りになったことでしょう。ちなみに鳥取の病院では「僕が手術したらすぐ直ったのに~」と最初に診てくれた先生に言われました。こちらの病院では3月までお世話になりました。と言うのも、私の通っていた学部は2年生からキャンパスが別の場所に変わるという事情があったからです。その事情を伝えると、「装具」と言うギプスよりもしっかりとした、プラスチックでできた型のようなものを作り、それで固定しましょうということになりました。だいぶ骨も安定してきたので、装具の方が動きやすいとのこと。実際にすごく楽になりました。

4月から引っ越し先の病院に写り、装具も外れたのは骨折から半年後の6月末でした。全治6か月。その後1ヶ月くらいは週1でリハビリに通っていましたが、ある程度まで動くようになったら後は日常生活で治しましょうということになりました。この時生協の保険に入っていたので、通院費と装具代の元が取れるくらいの額が返ってきました。これまで大きなケガに縁がなかったのですが、保険で大事だな、と実感しました。