ラグビーの試合で右足中指を疲労骨折。26歳、管理栄養士の骨折体験談。

骨折の話

ラグビーの試合で右足中指を疲労骨折。26歳、管理栄養士の骨折体験談。

現在私は医療系の職場で管理栄養士として働いている26歳男性です。

管理栄養士というと食のプロフェッショナルという印象をお持ちの人が多い中で、病気に関して食と運動、時には薬に関しても交えながら栄養相談を行っています。ご高齢の方の相談が主であり、糖尿病に関する食事・運動指導が最も多いのですが、その中で運動指導を行おうとした際に骨折歴があり、それから体を動かすことをしなくなったという方が多くいらっしゃいます。腰椎圧迫骨折の既往がある方も多く栄養相談に来られ、腰椎圧迫骨折というと転倒したり、打撲したりといった衝撃が原因というよりは弱くなっている骨がしりもちをついたり、重いものを持ち上げようとした際に折れることが多いそうです。その中で、私が学生の時に骨折した話をすることがあります。

その時私は17歳の高校生で、ラグビー部に所属しており熱心に取り組んでいました。ある試合の後、歩くことはできても踏ん張ることが難しい状態になりましたが、試合後の反省練習に取り組んでから帰宅した覚えがあります。しかし翌日、痛みが引かずに練習することが困難だと思い、病院に行くことにしました。

病院でレントゲンととってもらうと右足の中指が疲労骨折しているという話で、それは昨日今日折れたというわけではなく数週間・数か月前から折れており、おそらく昨日の試合で折れた骨が完全に離れてしまったのではないかとの診断でした。ラグビーは体を激しくぶつかるスポーツであり、擦り傷や突き指は日常茶飯事であり、私自身も動ければ怪我ではないと思っているくらいでしたが、さすがに骨が折れて離れてしまってはそうもいかなかったです。

医師からは運動ができるようになるまでに3か月近くかかるだろうと言われ、それをコーチに伝えると私でもできる練習メニューを与えてくださいました。練習といっても、病院で足首から下は石膏で完全に固められ、松葉づえをつくようにという状態でしたので上半身を鍛えたり、太ももまでの筋力を上げるトレーニングが主でした。

1か月ほどすると松葉づえをつかずとも一応は歩けるようになりましたが、石膏は新しいものに替えられただけで外れることはなかったです。それからのトレーニングはまっすぐな線の上をバランス感覚を意識し、姿勢を低くしながら歩くものがメインになっていました。

試合が激しいこともあり、練習もまた激しく、非常に厳しいものでしたので骨折が治るまで休めると内心喜んでいた時期もありましたが、実際にチームメイトと違うメニュー、リハビリメニューを激しい練習をしている彼らを見ながらすることは心が痛みました。外から見たら羨ましいでしょうし、実際に喜んでいたこともあった私ですが、これは折れてみないとわからないものではないかと思います。

2か月ほど経ったあたりだったと思いますが、ギブスが取れ、走ることができるまでになりました。医師からもボールを蹴るなどの足に強い衝撃を与えることをしないようにと言われていたので、体力づくりで走る練習と、ハンドリングの練習がメインに変わりました。

骨折したことで練習メニューが変わったことで完治してチームメイトとの練習に復帰したときには担当するポディションが変わり、引退までそのポディションを任されることになりました。そのポディションは骨折する前のポディションに比べて自分に合っているようで、これは骨折して良かったことの1つだと思います。

部活を引退し、受験も終えたころにそういえば目の調子がおかしいからと病院に行きました。すると左目の眼底骨折との診断され衝撃を受け、さらにその骨折は目の一部は挟んでしまってはいるがもう治っていると伝えられ、さらに衝撃を受けました。

眼底骨折に関しては手術することもあるが、日常にそこまで支障がなければそのままでいいと医師から伝えられ、行った治療といえばビタミンB12の医薬品を処方された程度で終わりました。

交通事故などで起こる激しい骨折などとは違い、疲労骨折などの気づきにくい骨折を私は経験しましたが、それは珍しいことではなく現在の仕事でお話する機会の多い高齢者においてもよくあることのようです。実は折れていたけれどもともと足が不自由だから気づかなかったとのことで、ある日痛みでベッドから起きれなくなり病院受診して初めて気づくという流れだそうです。

何はともあれ、私の骨折の経験が高齢者への骨折の説明の際に非常に説得力のあるものになっているので仕事の役に立っているようです。